牌効率について


以前にもコラムに書いたが、先日ある掲示板を見ていて「何切る」問題で非常に驚いたことがあり、改めて書くことにする。

麻雀において、もっとも成績を左右する局面は何か、と言われれば、「自分か相手がテンパっている状況」ではないだろうか。そこでのミスは致命的なものになりかねない。

ここで、例えば次のような「何切る」問題を考えてみる(東風サンマルール、東・南場や親・子番、持点、ドラ、捨牌などの場況を考慮しない)。

【設例1】112567(2)(3)(7)(9)(9)中中中

正解は「2」だろうが、これは 112 と (7)(9)(9) では、若干後者の方がすぐれているというだけに過ぎない。要するに将来両面に変わる可能 性が大きい、ということだけだろう。カンチャン・ペンチャンに取った場合、キー牌の「3」より「(8)」の方が若干あがりやすいという意見もあるかもしれ ない。
あるいは、

【設例2】1367(2)(3)(6)(7)(7)一一一九九

ここでは「3→1」を切るのが正解というのは分かるだろうが、迷うのが

【設例3】2367(2)(3)(6)(7)(7)一一一九九

ここでは「(7)」を切ってしまいがちだが、正解は、(6)(7)(7)以外の両面を落とすことだそうだ(とつげき東北氏の講座を参照した)。

要するに、2シャンテン→1シャンテンと、テンパイに近づくにつれて受入の枚数を少しでも増やすべきで、もちろんテンパイの時に2面以上の好形待ちにするのが理想的だろう。

ただ、【設例2】で言うと、(次点の(7)を切る場合と比べれば)完全なロスというのは、テンパイまでに(7)か九を引いたときだけであり、先に(7)を切ったとしても、
5-8、(1)-(4)や(7)、九を引く前に「2」を引いてくる可能性も1/6ほどあることを考えると、実はそれほど大きな差ではない。
もちろん、タンヤオなど役がある場合には、ポンすることなども考えれば差は大きくはなるだろうが、そんな瑣末なことよりも、何度も繰り返すが「その状況で 勝負かオリか」「リーチかダマか」の判断の方が、はるかに成績に大きな影響を与える。「鳴くべきかどうか」などはその次あたりに重要な判断といえよう。


失  望


さて、本来ならサイトで他人を特定して批評するというのは望ましいことではないのだが、どうにも失望した出来事があったので、ここで取り上げてみたい。

ネットでの知人の「東鳩」氏は、最近花札の「大物手」コーナーに、麻雀でいうと役マンクラスの手を和がったり和がられたりした画像を投稿してくれている。その縁もあって、彼のサイトを久しぶりに見せてもらった。

第三東風荘ではデジタル派の打ち手として有名なプレイヤーが、最近コラムを日記形式で掲載し始めたようで、以前から彼のことを注目していた自分は、どんな 内容のものか非常に楽しみにしていた。といっても、自分がプレイしていた時には、彼がほとんど第三東風荘に接続していなかったこともあり、個人的に交流が あったわけではない。ただ、自分が東風をやめたしばらく後に、第三東風荘でR2200を達成したということは人づてに聞いていたし、なによりとつげき東北 氏の麻雀理論を実践しているらしい、とのことで、強く興味を持っていたのは事実だ。

コラムを読んでみた結果、残念ながら(内容的なものよりもむしろ道徳的に)失望してしまった。要するに、サイトでプレイヤーのHNを明らかにした上で、そ の人の打ち方を厳しく批判しているのだが、理論的に見ても、いわゆる「突っ込みどころ」が非常に多い。

まず、前提として、相手のHNを明らかにした上で、公の場で不意打ちを食らわすように打ち方の批判(しかもかなり毒舌口調で)などはするべきではないだろ う。どうしてもサイトに載せたければ、相手のHNを隠すか、相手に了承を得るのがマナーではないだろうか。
単なる趣味の無料のネット麻雀で、知らない間に自分のことを批判的にサイトに載せられては、誰だっていい気はしないだろう。

コラムを読んだあとで、、彼の麻雀を何試合か観戦してみたのだが、デジタルを標榜している割に非常に「粗い」打ち方をしているという気がした。これは、例 えば牌効率だけを取っても、おそらく彼自身が明確にセオリー化していないであろうことがその理由ではないかと感じた。
細かいところで揚げ足を取るようで申し訳ないが、例えば

12344赤5789(2)(3)(8)(8)

のような手牌に「5」をツモったときにノータイムでツモ切ってしまったり、リーチがかかった時に、手拍子で「リーチ者のみに対する現物」を残して「もう一 人にも通る共通安全牌」を先に捨ててしまうようなことが1局の中でもいくつか散見された。また、数牌の余剰牌を必要以上に抱え込んで、相手のリーチに苦し んでしまうのも目についた。

いうまでもなく、前者では「4」を切るべきで、これは「ダンゴ形の時には、常にアンコになる時のことを考える」という基本が徹底されていないのであろう。 もちろんミスすること自体は仕方ないが、直後に気付いて修正するレベルにはなっておきたい(数試合で複数見かけたので気になった)。

もちろん、すでに述べたように、単なる牌効率などはそれほど成績に大きな影響を与えるものではない。さりとて彼の言うところの「状況判断」の代表的な例で ある「攻め・オリの見極め」「リーチかダマか」などが、(もちろん、自分自身もまったく不充分な理解しかしていないのだが、少なくともその自分から見てさ え)充分にできているとは思えない。

いずれにせよ、自分から見ても気になる箇所はいくつもあったし、逆に彼から見て自分の打ち方を指摘する箇所だっていくつもあるだろう。少なくとも現時点 で、最適に近い打牌をしているプレイヤーはいないであろうし、ゆえに公開しているサイトで他人のHNを名指しで批判できるような実力のプレイヤーも、本当 の意味でいない、といえる。自分自身も、データを活用すればするほど、「この状況でどうするべきか」分からない事の方がはるかに多いことに気付かされる。

以上を踏まえた上で、あくまで論理的に彼のコラムに論駁してみたい。

彼のロジックでは、「真面目に打ちたいのだが、同卓のプレイヤーのレベルが低すぎてつまらない」(あるいは相手がヘボだからきちんと対応していても勝てな い?)というものらしい。ただ、麻雀以外でも(偶然性だけではなく、確率を伴う)一般的な対戦ゲームでは、相手は当然こちらの願う通りには行動しない。彼 らなりに「自分の利益を最大化」しようとして行動するのであり、こちらは「相手の行動を分析して、それに対する最適な一手を選択すべき」なのは、K1チームと猪木軍とのスパーリングの例でも明らかにした通りだ。
その場合、相手の行動が合理的なものかどうかなどは、さほど関係がない。たとえば極端な話、「常にオーラスでラス確定の和がりをする人」に対しては、状況 次第ではオリずに勝負すればよいだけの話で、「マンガンあると思ってオリたら2位に逆転された」と嘆くのは筋違いというものだろう。この場合の「相手の行 動」は、具体的には「できすぎ君」のデータなどから知ることができる。
(ラス確定あがりについては現時点ではデータとしては分からないが、あくまで極端な例えとして説明した)

また、たとえば対戦相手が極端な守備型であれば、自分であっても「(手が悪いときなどでは)ムリに一色手に染めて相手に字牌を捨てさせない」「愚形でも先 制リーチをかけて、相手をベタオリさせる」などの行動を取る。逆に相手がヘボで、非合理的な行動を取るのであれば、自分もそれに対応した一打を選択すれば いいだけの話である。
大事なことは、自分勝手に「相手はこのように打つべきだ」と決め込んで、それに対する対応をしてしまうのではなく、理想としては「相手はこのようなとき に、どのような打ち方をしているか」をきちんと分析して、それに対する最適な一打を選択する、ということだ。

優秀なコンサルタントは、自分勝手な思い込みや予測よりも、まず「事実を収集して、それを分析する」そうだ。それも、細かい条件がつく方がより望ましい。
(たとえば新規店舗の出店を検討する場合、店舗の立地条件、商圏の人口、競合店の存在、etc.は必要な情報であろうし、さらにそれらと同条件の既存の店 舗があれば、そのデータは絞込みを行った結果の、売上予測などに非常に重要なものとなるであろう)。
東風サンマでも、理想は対戦相手の各プレイヤーごとに、「親番の先制リーチは平均で何点、待ちは好形が何%」などを、充分な試合数から分析して、それに対 する最適な一打を選択することだろう。現実にはそこまではできないために、あくまで「対戦相手のプレイヤーの平均」に対しての、「一般的な状況」における データしか残っていないが、「できすぎ君」などのすぐれた集計ツールに、さらに詳しい機能が加われば、もう少し細かい判断ができるようになるだろう。

また、再度揚げ足を取るようで申し訳ないが、ムリな仕掛けをして高い手を和がったプレイヤーに対しては「麻雀に神はいない。なぜなら、こんな打ち筋にハネマンを与えるからetc.」と述べている。
ただ、彼自身は当然理解していると思うが、「(偶然性だけではなく、確率を伴う)一般的な対戦ゲームでは、(通常なら)最善手であっても一定の確率で失敗 し、逆に悪手であっても一定の確率で成功する」ものである。ただ、長く続けていけば、最善手を打つ人は悪手を選択する人よりも成績がよくなるであろうが。

現行ルールでは、サンマで最も重要な判断である「攻め・オリの見極め」などが間違っていたとしても、ゲーム回しなどのテクニックでR2100はキープでき るはずだ。過去すばらしい成績を残したプレイヤーであるだけに、現在不調であるのは、単についていないだけでなく、打ち方そのものが雑になっているのでは ないだろうか。

きつい言い方になってしまったが、現時点での彼の技術・実力をもって、サイトで他の人の打ち方を毒舌をもって批判するのは控えた方がいいのでは、と思い書 いてみた。「(コラム執筆者の彼を批判している)自分のこの行為そのものもまた、批判されるべきものである」ことを重々承知の上での愚行を、お許し願いた い。